やりたい気持ちはあるのに、なぜか一歩が踏み出せない。
行きたい場所、挑戦してみたいこと、心が動く方向はちゃんとあるのに、気づけば「でも…」「今は無理かも」と、立ち止まってしまう・・・そんな感覚に、心当たりはありませんか?
こんにちは。ヨガ講師のHarukaです。
このコラムでは、生徒さんやフォロワーさんから寄せられた“日常で抱えるリアルなお悩み”に、ヨガ哲学の視点と私自身の経験を重ねながら「心を整えるヒント」をお届けしています。
今回寄せられたのはとても切実で、でも簡単に口には出せない。そんなお悩み。
自分の「やりたい」や「行きたい」という気持ちが、家族や環境によって制限されていると感じるとき、どうしたらいいと思いますか?
そして同時に、行動すること自体が怖くて、自分で自分に制限をかけてしまうこともあります。
頭では「案ずるより産むが易し」だと分かっているのに、この思考のクセをどうしたら前向きにできるのでしょうか。はるか先生は、どう思いますか?
外側の状況に縛られているように感じる苦しさ。そしてそれ以上に、自分自身が自分を止めてしまっているような感覚…。
この二重の葛藤、実はとても多くの人が抱えているものかもしれない。
今回のコラムでは、「やりたいのにできない」という心の奥で起きていることを紐解きながら、ヨガ哲学が教えてくれる“制限のなかでも自分を自由にしていくための視点”をやさしくお伝えしていきます。
「やりたいのにできない」…その心の中で起きていること
まずは、この葛藤の正体を少し整理してみましょう。理由が知れるだけでも、心がふわりとゆるむことって、確かにあると思うから。
外側の制限と、内側の制限は重なりやすい
家族の状況、仕事、住んでいる場所、経済面…人生には、自分ひとりの力ではどうにもできないことという「制限」が存在します。
でも多くの場合、「外側にある制限」がきっかけとなって、『どうせ無理だろう』『私にはできないから』という「内側の制限」が計算外に育ってしまうんです。
そうすると、いつの間にか何よりもまず先に「自分の心」が「自分自身」にブレーキをかけてしまう。これが、苦しさを深める大きな要因なんです。
行動すること=怖いこと・恐れ・不安という方程式ができている
過去に否定された経験、失敗した記憶、傷ついた出来事…それらのトリガーがあると、行動すること自体が「危険なもの」として心に記憶されてしまいます。
そうすると、
〇動くこと=怖い
という構図が、無意識のうちに出来上がってしまうのです。
「ちゃんとしなきゃ」の呪いが自分を縛りつけている
〇周囲や世界の空気は読まなきゃいけない
〇人の期待を裏切ってはならない
こうした自分を犠牲にした形の優しさがある人や、自分自身の身を粉にしがちな責任感が強い人ほど、自分の「やりたい」を後回しにするクセがあって。
本当は心から望んでいるのに、望むこと自体に、どこか罪の意識を感じてしまう。
でもそれもまた生きているからこそ味わえる、「とても人間らしい心の揺れ」と捉えてあげてみてもいいのかもしれません。
八支則についてもっと詳しく知りたい方はこちらから
>>ヨガ八支則(はっしそく)とは?なぜヤマニヤマの教えは大事なのか
「できない私」を責めなくていい
ひとつだけ大切なことを伝えさせてください。
やりたいのに動けないあなたは、意志が弱いわけでも、怠けているわけでもありません。
むしろそれは、これまで自分の人生を一生懸命に生きてきた証。
ヨガ哲学では、心が揺れたり迷ったりすることはとても自然なことで、その「揺れそのもの」に気づけること自体が、「自分の意識が育って成長している状態」だと考えます。
だからどうか、理由があって今はやりたいのに動けない。そんな自分のことまでは否定しないであげて。
ヨガ哲学が教えてくれる“制限の中で自由になる”視点
アパリグラハ(執着を手放す)ことで、「こうでなければ」をゆるめる
〇全部を望みどおりに叶えようとあくせくしなくていい
〇誰かの期待通りじゃなくたってぜんぜんいい
「こうあるべき」という形への執着を手放すことで、心の中に「選択すること」に対する余白が生まれてくる。
肩の力が抜けると、「じゃあ、今での私にきる小さな一歩はなんだろう?」という問いが、自然と浮かんでくるのを楽しみに待ってみて。
アパリグラハについてもっと詳しく知りたい方はこちらから
>>0から分かるヨガ哲学【八支則⑤】アパリグラハ -手放すことで心が満たされる-
スワディヤーヤ(自己探求)で、本当の望みを見つめる
自分に、そっと問いかけてみて。
〇もし失敗しても、大切なものは失われないとしたらどう感じる?
〇この「やりたい」は、どんな感情から湧き起こっている?
問いを立てることで、漠然とした不安は少しずつ輪郭を持ちはじめる。そして、その不安の正体が目に見えると、不思議と怖さは和らいで自分自身が研ぎ澄まされていくものだから。
スワディヤーヤについてもっと詳しく知りたい方はこちらから
>>0から分かるヨガ哲学【八支則⑨】スワディヤーヤは“自己対話”から本当の自分に気づくこと
タパス(鍛錬)で、小さな行動で自信を育てる
大きく変わろうとしなくて大丈夫。
〇誰かに自分の小さな望みを話してシェアしてみる
〇「やってみたい」気持ちを、心のなかで認めてあげる
そんな小さな行動の積み重ねが、「私は動いてもきっと大丈夫」という感覚を、少しずつ身体に教えてくれます。
タパスとは、自分を追い込む努力ではなく、自分を信じるための、やさしいチャレンジという名のプラクティスなのです。
タパスについてもっと詳しく知りたい方はこちらから
>>0から分かるヨガ哲学【八支則⑧】タパスは“そのままの自分”を信じる勇気をもつこと
今日からできる“自分への制限”をゆるめるヒント
→ 不安を小さく因数分解することで、行動に対するハードルがぐっと下がる
◎ 誰かの人生ではなく、「今の私が生きたい人生」を基準にする
→ 比較から解放されると、おのずと心も落ち着くもの
◎ やりたい気持ちを否定せずに言葉にしてみる、話せる人に放ってみる
→ 自分との信頼関係が、自分以外の誰かのおかげで育めることもある
◎ 動けない日があったとしても、「それを望んでいる自分がいること」を認める
→ それだけで心はもう前に進めてるから、大丈夫♡
まとめ|自由は、いつだって自分の内側からはじまる
人生には、どうしてもコントロールできないことって、ちゃんと存在します。
でもそのなかで、「どう感じ、どう選ぶか?」は、少しずつ自分で取り戻していくことができるもの。
やりたいのにできない自分も、不安で立ち止まりそうになる自分も、すべてあなたを創りあげてくれる大切なピースの一部なんです。
だから焦らなくていいし、無理やり「自分と違う誰か」になって変わろうとしなくていい。
あなたのペースで、あなたのタイミングが最善で最高でそれがベストなのだから。
その一歩一歩が、やがて「自分を信じて生きる力」へとつながっていくことを。
そしてこれからのあなたの人生が、あなたらしくあたたかな光と愛で満たされることを願って。
それでは次回の「暮らしに活かすヨガ哲学」もお楽しみに。
Haruka











