地域のマルシェに参加してみたい。
でも「ヨガ教室として、私は何をしたらいいのだろう?」と立ち止まってしまう…
- 自分にできることが分からない
- 失敗したらどうしようと怖くなる
- 本当に社会の役に立てるのか不安になる
もしも今、そんな思いを抱えている方がいたら、今日のコラムがきっとヒントになるはずです。
こんにちは。ヨガ講師のHarukaです。
ここでは、生徒さんやフォロワーさんから寄せられた日常のリアルなお悩みに、ヨガ哲学の視点と私自身の経験を重ねながら、「暮らしに活かせる心の整え方」をお届けしてきました。
シリーズ最終回となる今回は、こんなご相談をいただきました。
でも、「ヨガ教室として、自分はいったい何をしたらいいのか?」が分かりません。
はるか先生ならどう考えますか?ご意見をいただけたら嬉しいです。
一見とても具体的な問いですよね。でもその奥には、「自分をどう表現し、どう社会とつながるか?」という、とても普遍的なテーマが横たわっているのです。
今日は、
- チャレンジが怖くなる原因
- 自分にできることの見つけ方
- 勇気を持って一歩踏み出すための捉え方
を、ヨガ哲学の視点から丁寧に紐解いていきましょう。
なぜ「やってみたい」のに怖くなるのか?
新しい挑戦の前で足が止まるのには、ちゃんとした理由があります。
① 「失敗=価値が下がる」という思い込み
私たちはどこかで、「うまくできなければ意味などない」と刷り込まれて生きています。
だからこそ、“挑戦そのもの”が怖く感じる。
けれどヨガ哲学では、行為そのものに価値があり、結果は副産物だと考えます。
② 「正解」を探しすぎている
「マルシェならこうあるべき」
「ヨガ教室ならこう見せるべき」
その「〇〇するべき」が増えるほど、動きづらくなる。
本来、正解は外側にあるものではなく、自分の内側から見つけ出すものだから。
>>ヨガ八支則(はっしそく)とは?なぜヤマニヤマの教えは大事なのか
地域のマルシェ×ヨガを、もっと自由に捉えてみる
「ヨガ教室として何をしたらいいか?」
この問いを、少し広げて捉えてみるのはどうでしょう?
- 私は、どんな時間をどんな人に届けたい?
- この地域の人は、どんな体験や価値を求めていそう?
- 私のヨガの魅力は、ポーズ以外に何がある?
例えば、
- 5分間の呼吸体験ブース
- 買い物の合間にできる椅子ヨガ
- 親子でできるリラックスワーク
- ただ“深呼吸していい場所”をつくること
ヨガは、見せかけではなく、本質を大切にするものですよね。
安心、余白、調和…。これらをどう表現するかは、いつだって、あなた次第。
>>0から分かるヨガ哲学【八支則⑦】サントーシャ “今、ここ”にある自由と豊かさを再発見する
ヨガ哲学が教えてくれる「社会とつながる力」
スワディヤーヤ(自己探求)
自分を知らずして、社会とつながることはできません。
- 私はどんなとき人に喜ばれた?
- 何をしているとき自然体でいられる?
- どんな言葉をよく褒められる?
実は、自分を深く知ることこそ、自分と社会との「接点」や、「社会に貢献できる形」を明らかにしてくれるのです。
>>0から分かるヨガ哲学【八支則⑨】スワディヤーヤは“自己対話”から本当の自分に気づくこと
ダルマ(自分の役割)
ヨガ哲学では、人それぞれに「ダルマ(役割)」があると考えられています。役割とは、立派な肩書きのことではありません。
「今の私が、今できること」、ただそれだけ。
完璧でなくていいし、洗練されていなくていい。あなたの声や個性もすべて立派なダルマだから。
タパス(鍛錬)
考え続けるより、まずは小さく動いてみる。
完璧に準備が整う瞬間って、きっと一生やってきません。
- まずは出店を申し込んでみる
- 簡単な企画をひとつだけ用意してみる
- やってみて、人からフィードバックをもらってみる
失敗したっていい。でも、はじめから失敗に甘んじるのではなく、そこからちゃんと学ぶこと。
欠けている同士、支え合いながら前へ進む。それがヨガ哲学が大切にしている「成長」です。
>>0から分かるヨガ哲学【八支則⑧】タパスは“そのままの自分”を信じる勇気をもつこと
チャレンジとは、「自分を信じる練習」
勇気とは、怖くなくなることではありません。その怖さもぎゅっと大事に抱きしめたまま、一歩、踏み出してみること。
その一歩は、成功よりも大きな財産を私たちに授けてくれます。
それは、「私は自分の力で動けた」という事実と実感。
これらはあなたの人生をより彩り、未来のための土台となるはず。
今日からできる「未来の自分へつなげる一歩」
- 完璧を目指さず、まずは仮でいいからやってみる
- 地域のニーズを観察し、それを自分の形に変えてみる
- 人からの反応を“失敗”ではなく“改善材料“として受け取る
- 一人で抱えず、仲間と育てる視点を持つ
社会との関わりって、自分だけで完成させるものではなく、みんなで育んでいくものでしょう?
まとめ|未来は、動いた人の足元からひらいていく
地域のマルシェについてという具体的な問いは、
実は「私は社会とどう生きるか?」という大きなテーマへの入口でした。
実は、ここに完璧な準備も、特別な才能もいりません。
必要なのは、自分を探求し続けること。そして、覚悟を持って一歩踏み出す勇気を持つこと。
迷いながらでも、揺れながらでも、自分を探求し続ける人のもとに、しっくりくる最善の道が現れてくれるものだと私は信じています。
【どうか、自分を、そして自分にしかない豊かな感性を、まずはあなたが信じて。】
私たちが生きているこの世界に、完全完璧の人間なんて誰もいない。だからこそ、欠けている同士で支えあいながら、愛を分かちあい、巡らせあいながら、みんなで世界をつくっているんだと思う。
あなたの一歩がたとえ小さく見えても、それはたしかな社会との対話。
どうか、あなたのチャレンジが、あなたの勇気が、踏み出した一歩が、やさしい波紋となって広がっていくことを願って。
「暮らしに活かすヨガ哲学」シリーズを、ここまで共に楽しんでくださった読者のみなさまに、心からの愛と感謝を込めて。
Haruka












